ままんの自伝的プロフィール

雑記

やっぱり、どんな人が書いているブログなのかって気になりますよね。

わたしもよくブログを見て回りますが、プロフィールがあるとどうしても見てしまうので、自分のプロフィールも書いてみようと思います。

本当にわたしのことしか書いてないので興味のある方だけお付き合いください。笑

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割とめんどうな生い立ち

わたしは1986年の冬、静岡県あたりの山の近くで生まれました。

3歳の頃に両親が離婚したらしく、母方に引き取られます。

幼かったこともあって、父親の顔は全く覚えていません。

また、物覚えついた頃にはすでに母はほとんど帰ってこず、母親に育てられた記憶はほぼありません。

幼い頃は保育園に通っていましたが、送り迎えも卒園文集の親からのメッセージでさても全て祖母がやってくれました。

母についての余談
この頃の母のことはよくわかりませんが、その後の祖父母の言いぶりからすると、ただただ遊び呆けていたそうです。笑

母はその後、わたしが小学校低学年の頃にバツイチ子持ちの男性と再婚して、そちらの連れ子さんを成人するまで立派に育てています。

小学校の入学式は母が来てくれましたが卒業式は来てくれず、ほんの少しだけ期待していたのに裏切られた気になって、それ以来人にあまり期待をしなくなりました。

また、母親に捨てられたという意識が消えず、しっかりしていないと祖父母にも見捨てられるという危機感がずっとありました。

そんな思いがあったからなのか、活発でしっかりしていてわがままを言わない女の子という人間を演じていたようなところがあった気がします。

それでも、祖父母が優しくも厳しく育ててくれたので、普通っぽい生活は送れていました。

ただ、表向きは普通でも普通なのは表向きだけで、世間一般の【普通の家庭】がよくわからないし、本当の自分もよくわからないなと感じつつ今に至ります。

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人生で1番しんどくて人生で1番充実していたホテル時代

祖父母は高校まで出してくれましたが、なんとなく進学したいとは言い出せず『高いお金払ってまでまだ勉強するのは嫌だ』と言って高校卒業と同時に就職し、寮に入りました。

就職先は、地元の宿泊施設(大人なヤツではない)です。

接客業ということもあり、意味不明なクレームも来るし予想外に褒められて名前まで覚えてもらったり かなり刺激的で波のある毎日を送っていました。

全方向に気を使って仕事をするので疲労感はハンパなかったはずなのに、同期とカラオケでオールしたまま勢いで仕事に行ったり無謀なこともしょっちゅうしていました。笑

一緒に無茶してた当時の同期とはお互いに家庭を持った今でも友人関係が続いていますが、同期と言うより同志といった感じがしますね。

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激動の19歳

さて、わたし史上最もいろんなことがあったのが19歳のときです。

そうですね、女性の厄年です。

最悪な別れと最高な出会いを経験しました。

祖母が亡くなる

過酷な職場で日々神経をすり減らす19歳の時、祖母が亡くなるという経験をします。

わたしが祖母の入院を知った時には、すでにガンが全身に転移していて腹水が溜まり、妊婦のようになった祖母は記憶障害も出ていました。

わたしを忘れることはありませんでしたが、お見舞いに行くたびに子供扱いしました。

『冷蔵庫に魚が入ってるから焼いて食べなさい』

喋るのも大変そうな中、最期の会話になったこの言葉はずっと忘れられません。

  • そんなに気にしてくれていたんだな
  • そんなに頼りなかったのかな
  • そんなに甘えてたのかな
  • 色々な気持ちが入り乱れて、ヘラヘラしながら『うん、わかった。ありがとう。』と返すのが精一杯だったのを思い出します。

    入院から程なくして、あっという間に息を引き取りましたが、駆けつけた時にはすでに息を引き取っていて、いつか来ると幼い頃から想定していた現実に、なかなかついていけませんでした。

    でも、親戚に促されて足を触るととても冷たく、1つの命が失われたことを実感しました。

    『こんなに冷たくなるんだぞ。
    この冷たさをちゃんと覚えておけよ。』

    この親戚がどういう意図で言ったのかはわかりませんが、忘れてはいけない言葉な気がしています。

    悲しみから立ち直ったら後の夫が登場

    同期や職場の先輩たちに支えられて祖母の死から立ち直り、仕事の捌き方にも慣れてきた頃、転勤で登場したのが後の夫になる男性でした。

    前評判が死ぬほど悪く【近寄ると妊娠する】などと言われていましたね。笑

    本当のところは、モテる男(笑)である夫に対して女の子達を近寄らせないための苦肉の策だったようですが、その策にハマッたわたしは夫にだけは笑顔のひとつも見せずに夫の存在を否定するように半年を過ごしました。

    夫も、理由はわからないけどなぜかわたしが夫を嫌っているということが痛いほど伝わってきたそうなので、わたしのことは大嫌いだったそうです。笑

    でも本当は・・・交際後に夫にも打ち明けましたが、初めて夫の顔を見た時に【この人と結婚するんだな】と思うと同時に、気持ち悪すぎて吐き気がしました。笑

    後の夫との交際が始まる

    夫が転勤してきて半年後、小規模な飲み会に偶然にも2人が参加してしまう事件が起こります。

    お互いに離れて座ろうと画策していたのですが、なんやかんやあって隣同士になり、店でゴキブリを発見したのが話すきっかけになり、流れでそのまま同僚の部屋での二次会にも参加し、結局は夫がオールのまま仕事に行くまでずっと隣にいて、ずっと話をしていました。笑

    そして、その日から1週間後に交際が始まります。

    当時わたしが19歳、夫が37歳でした。

    交際後にお互いの正確な年齢を知り、交際後に携帯の番号をアドレスを交換するという、寮の内線を酷使しして夫が頑張ってくれた1週間でしたね。笑

    その後は、交際3ヶ月くらいで職場にバレ、職場内で1番仲が悪かった2人が付き合ってるらしい!などと騒ぎになりつつ、年齢差がある割にはガッツリめにケンカもしながら順調に交際が続いていきます。

    ・・・と、思った以上に長くなったので
    結婚してからVer.は、またの機会にでも。

    https://mama-n.net/post-625/

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